エドワード・サイードが見たサルトル ボーヴォワールやフーコーも同席したその残念な面会

アメリカの文学研究家エドワード・サイードは1979年にパリを訪れ、そこでジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、ミッシェル・フーコーと面会する。 中東和平を議論するコンファレンスにサルトルとボーヴォワールから招待されてのことだっ…

バルザック『ゴリオ爺さん』 あらすじ

// 時は1819年、場所はパリ。法学生のウージェーヌ・ド・ラスティニャックは、ほかの住人たちとともに下宿の一部屋で暮らしていた。 同じ下宿の住人の一人に「ゴリオ爺さん」と呼ばれている老人がいる。ゴリオ爺さんはかつて大変裕福だったが、その富のほと…

エドガー・アラン・ポー フェイクニュースと「クーピングによる死」という2つのエピソード

アメリカ文学の父(の一人)であるエドガー・アラン・ポーにはさまざまなエピソードが残されているが、以下の2つは特に興味深い(文学とはほとんど関係のない話)。 フェイクニュース 1844年、エドガー・アラン・ポーは「New York Sun」紙上で、大西洋横断飛…

労働者階級の味方だったディケンズが反対したイギリスの「窓税」

ほとんどの建物に設置されている「窓」だが、これが光や外気を屋内に取り入れるための “ぜいたく品” であり、窓のある部屋に暮らすことがある種の ”特権” だった、というのは、現代に暮らす私たちには想像できないことである。 政府はその特権に課税するよう…

アルベール・カミュ『異邦人』最新英訳版 翻訳者のインタビュー

アルベール・カミュの『異邦人』は今まで4つの英訳が出版されてきた。 1946年 Stuart Gilbert訳 1982年 Joseph Laredo訳 1989年 Matthew Ward訳 2012年 Sandra Smith訳 最新の2012年の英訳をしたサンドラ・スミス氏が、この小説の翻訳について語ったインタビ…

オースティンからローリングまで 文豪16人が愛用した文房具あれこれ

どの世界のプロたちも自分の「商売道具」には強いこだわりを示す。文学の世界もまたしかり。世界の文豪たちはどんな文房具を愛用していたのだろうか。 ウラジミール・ナボコフ ナボコフはインデックスカードに自分の小説の筋書きを描く際は、鉛筆「Eberhard …

ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』の英訳がギュスターヴ・ドレのイラスト入りで出版

ギュスターヴ・ドレのイラストが施されたフランソワ・ラブレー著『ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語』の英訳版が、500冊限定で出版される。 「第一之書」から「第五之書」にいたるすべてが全二巻におさめられるもので、英訳版がドレのイラストととも…

ドストエフスキーをよく知るために もう少し深くて詳しい3つの話

ドストエフスキーについてはすでに「ドストエフスキーってこんな人 あらためて学ぶ10の予備知識」で触れているが、こちらの記事「GREAT EUROPEAN LIVES: Crime and Punishment author Fyodor Dostoevsky」では以下についてさらに詳しい話を読むことが出来る…

バルザック 債権者に追いかけられながら数多くの傑作を残したリアリズム文学の祖

オノレ・ド・バルザックはその生涯をかけて90を超える作品を書き上げた。 しかし彼は単に書きたい放題書き散らした多作の作家ではなかった。訂正や書き直しなども無数に行っていた形跡が残っている。 こうして書かれた彼の傑作群は、「人間喜劇」として一大…

トルストイ「私に影響を与えた本」年齢別&影響度別リスト

1891年、ペテルブルグのある出版社が2,000人もの著名な人たちに彼らのお気に入りの本を紹介してもらうという計画を進めていた。 トルストイもこの依頼を受け、それに応えた。 トルストイはリストを作るのが好きな人だったともいわれているが、ここでも自分が…

サルトルはなぜノーベル文学賞を辞退したのか?

ジャン=ポール・サルトルは1964年、ノーベル文学賞を辞退した。 サルトルはスウェーデンのメディアに送ったコメントの中で、辞退はパフォーマンスでもなければ、衝動的に行ったわけでもない、と述べている。彼の長きにわたる主張に沿った行動として辞退した…

ロマン・ロランとタゴール 二人の人道主義者の長きにわたる友情

「過去の戦争の教訓が失われて始めているという思いで、私の心が悲しみの中に入り込んでしまっているとき、あなたの手紙を受け取り、その希望のメッセージによって励まされました」。 これはインドの詩人ラビンドラナート・タゴールが1919年6月24日、フラン…

シモーヌ・ヴェイユ生誕110周年 「行動の哲学者」素顔の一端を知る

// シモーヌ・ヴェイユは1909年2月3日に生まれた。 ヴェイユの仕事は学校の教師であったが、この職業は断続的に続けられた。健康問題や政治活動への参加など、中断の理由はさまざまだった。 ヴェイユはグランゼコールのひとつである「高等師範学校」を卒業し…

詩人ロバート・バーンズを祝う「バーンズ・ナイト」とは?

// 「バーンズ・ナイト」(Burns Night)とはスコットランドの詩人ロバート・バーンズを祝う日のことである。 1796年にバーンズが亡くなった後、彼の友人数人が故人をしのんでディナーの集いを開くことになったのがその始まりだった。 このきわめてプライベ…

アルベール・カミュ 交通事故死、ノーベル文学賞、そして『最初の人間』

// アルベール・カミュの交通事故死について最も胸を刺される事実は、彼のポケットから使われていない列車の切符が発見されたということだ。 カミュは妻や双子の子供たちと一緒にプロヴァンスでクリスマス休暇を過ごした後、パリに戻るところだった。しかし…

イギリスの詩人・版画家 ウィリアム・ブレイクについて知りたい

// ウィリアム・ブレイクは同時代の文学・美術家たちからは正気ではない人だと思われ、ほとんど見捨てられていた。 しかし空想的・幻想的な詩人であり版画家であるブレイクは、現在はイギリス文学・美術に最も貢献した人物の一人とみなされている。 ブレイク…

ノーム・チョムスキー90歳 その政治批評の略歴と今でも衰えぬ鋭い批判

// ノーム・チョムスキーは1928年12月7日生まれ。2018年12月で90歳を迎えた。 いわゆる「生成文法」を提唱する言語学者として確立した名声を誇る一方、同時代の政治状況に常に積極的に発言を続けてきた人物である。 チョムスキーは無政府主義者で社会主義者…

スコット・フィッツジェラルドが薦める「22冊の本」

// 1936年は、スコット・フィッツジェラルドにとって最も暗い年であったかも知れない。 心の病に苦しんでいた妻のゼルダを近所にあるハイランド病院に移し、彼自身はアシュヴィルのグローヴ・パーク・インというホテルに滞在し始めた。 当時、フィッツジェラ…

ジャック・ケルアック本人がデザインした『路上』の表紙

// 数あるジャック・ケルアックの伝記の中でも、彼の絵描きとしての才能について言及したものはほとんどない。 しかし、執筆活動を続ける傍ら、ケルアックはスケッチをし絵を描き続けており、著作とともに数多くの絵も描き残しているのである。 2017年末から…

チャールズ・ディケンズ『大いなる遺産』をめぐる9つの知識

// 1. 当初は「グロテスクな悲喜劇」をもくろんでいた 『大いなる遺産』はディケンズ作品の中でもあまり明るくない小説だが、もともとはユーモアのあるものを書こうとしていた。 友人あての手紙の中でディケンズはこう述べている。 「『二都物語』の時のよう…

BBC「無人島に持っていきたい本」トップ10

// 「デザート・アイランド・ディスクス」は1942年から続くBBCラジオの長寿番組である。 もし無人島に行くとしたら何を持っていきますか?という質問に対し、各ゲストは録音された作品(音楽とは限らない)を8点、本を1冊、お気に入りアイテムを1つ、をそれ…

アルベール・カミュ『ペスト』 あらすじ

// 『ペスト』はアルジェリアのオランという町が舞台となっている。 ある年の4月、大量のネズミが路上に現れ死んでいくのが発見されるようになる。静かな恐怖が市民たちを襲い、地元新聞は対策の必要を訴え始める。その後しばらくたってから、役所はネズミの…

新ジャンルを確立した『フランケンシュタイン』の著者メアリー・シェリーとは?

// 1816年、19歳になろうとしていたメアリー・シェリー(1797~1851)はバイロン卿、将来の夫となるパーシー・ビッシュ・シェリー、医師ジョン・ポリドーリらとともに、スイスのレマン湖畔に遊びに出かけた。 前年のインドネシア・タンボラ火山の噴火が原因…

ジョージ・オーウェルが結核に感染したのは「スペイン内戦に参加中」

// ジョージ・オーウェルの死因については、結核による内出血であることはすでに知られていた。 しかし彼がどこで結核に感染したかについては、はっきりとしたことは分かっていなかった。 このたび、彼の書き残した手紙を科学者が検査することで、ある強力な…

トーマス・マン アメリカ亡命時代の住居が「Thomas Mann House」として復活

// トーマス・マンはヒトラーが政権を取った1933年、家族と一緒にスイスに亡命した。 さらにその後、居住地をアメリカに移す。 そして1941年、カリフォルニア州ロサンゼルスのパシフィック・パリセーズに住居を手に入れた。 マンは「7本の棕櫚と多くの柑橘類…

フローベール『ボヴァリー夫人』 "幻の英訳" とは?

// 『ボヴァリー夫人』は19世紀に書かれた小説であるが、現代のクリエーターたちにも大きな影響を与え続けている。ある批評家は、満たされずにいつも何かを追い求めているキャラクター、エンマ・ボヴァリーを「デスパレートな妻たち」の元祖であると評してい…

ウィリアム・ブレイク 没後191年にして初めて正式な墓石が設置される

ウィリアム・ブレイクは1827年8月12日、ロンドンで亡くなった。 彼の「墓」とされているものは、ロンドン市内のバンヒル・フィールド墓地に置かれている。 しかしそこには「この近くに眠る(Nearby lie)」と書かれている。 「ここに眠る(Here lie)」と書…

フローベール『ボヴァリー夫人』をめぐる5つのエピソード

1. 不倫の描写があまりにも直接的すぎて当時のフランスの読者たちに衝撃を与えた 『ボヴァリー夫人』は、エンマという農家出身の女性が彼女の父親を治療した医師シャルル・ボヴァリーと結婚するが、その後まもなく夫や夫婦での田舎生活に幻滅してしまう様子…

トルストイ、フォークナー、ヘミングウェイ・・・世界の文豪たちが語る「執筆のためのアドバイス」

// トルストイ 「私はいつも午前中に執筆活動を行う。ルソーも朝起きて短い散歩を終えると、すぐに机に向かい仕事を始めていたことを最近になって知り、喜んだものだ。午前中は人の頭がとくにフレッシュな状態にある。最高のアイデアというものは、朝起きて…

マーク・トウェインは奴隷制廃止論者 or 支持論者?

// ヘンリー・デイヴィッド・ソローの研究家として知られているRobert Sattelmeyerは、「ボストン・ヴィジランス・コミッティ」(Boston Vigilance Committee)の名簿上に、ある名前を発見した。 それは「サミュエル・クレメンス」(Samuel Clemens)という…