ディケンズの作品に影響を与えた3人の女性たち
チャールズ・ディケンズがまぎれもない天才作家であることは誰もが認めるところである。
しかし同時に、彼はつねに傷ついた心を癒し続けながら、報われない愛を求め続けた人物でもあった。
元をたどると彼の父親ジョン・ディケンズからそれは始まっていた。
ジョンは借金地獄から逃れることのできない愛すべき愚か者であった。
そのため息子のチャールズは早くから工場で働き始めなくてはならなかった。
しかし私たち読者はジョン・ディケンズの浪費癖に負うところがある、と言えるだろう。
イギリスの最下層社会で少年時代を過ごしたことにより、チャールズ・ディケンズは虐げられている人々に対する燃えるような同情心を持つことになったからである。
『ハード・タイムズ』『荒涼館』『互いの友』を始めほぼすべてのディケンズの小説には、何らかの形で社会の不正を正し、貧しい者たちへ安心を与えたいという強い願望にインスパイアされているのである。
マライア・ビードネル
異性との関係について、ディケンズはあまり恵まれてはいなかった。
彼が初めて本気で愛した女性は、マライア・ビードネルという女性だった。
しかしビードネルはディケンズよりも成功していた別の男性のもとへ去ってしまう。
ディケンズは彼女を『デイヴィッド・コパフィールド』の中で「ドラ」という理想の女性として登場させている。
しかし後年ビードネルと再会したときには、彼女が太って滑稽な女性に見えたと語っている。
そして『リトル・ドリット』の中で彼女を「フローラ・フィンチング」というキャラクターとして登場させることで、復讐を果たしたようだ。
義理の妹メアリー
ビードネルにフラれたディケンズは、気立てが良く可愛らしいキャサリン・ホガースと結婚する。
しかしディケンズは後年、結婚したばかりのころの二人はひどくミスマッチであったと回想している。
さらに結婚してから1年ほどで、ディケンズはキャサリンの妹メアリーに夢中になっていた。
そしてメアリーは病気になり、ディケンズの腕の中で死んでしまう。
これは満たされない愛の経験としてディケンズの心に深く残った、と多くの研究家が述べている。
なおメアリーは、『骨董屋』の「リトル・ネル」のモデルになったと言われている。
エレン・ターナン
ディケンズの晩年は、女優エレン・ターナンへの熱烈な愛情によって悩まされ続けた。
二人が出会ったときターナンはまだ10代の少女だった。
ディケンズはこの若い女優にすっかりほれ込み、しまいにはターナンとの情事にのめり込めるよう妻を家から追い出してしまったのである。
このターナンとの関係は成就することはなかったと主張するディケンズ研究家も多い一方、二人は愛し合う仲になったと述べている研究家もいる。
いずれにせよ、ターナン自身はディケンズとの情事をひどく後悔していると語ったという。
そのため、二人とも幸せになることはなかったのである。
『二都物語』や『大いなる遺産』などディケンズ後期の傑作は、ターナンへの思慕によりインスパイアされて書かれたものだと考えられている。
ディケンズは58歳で亡くなった。
ターナンとその母親といっしょに旅行をしている途中、列車事故に遭遇、その後遺症に最後まで悩まされていた。
ディケンズは何にでも夢中になるたちの男だった。
熱心に旅行を続け、新しい友人作りに飽くことのない社交家であり、また価値のあるチャリティ活動を探し続けたヒューマニストでもあった。
しかし彼の作品の暗部を見ると、彼が決して落ち着くことなく活動的だったのは自分が抱えていた過去の痛手のせいであり、むしろそれが彼を突き動かしていたように見えてくるのである。