フィリップ・ロス 20世紀後半のアメリカを代表する大作家の足跡を追う

 

 

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フィリップ・ロスは1933年、ニュージャージー州ニューアークに生まれた。ニューアークはのちに彼の多くの作品の舞台となった場所である。

 

両親はヨーロッパからの移民で、中産階級ユダヤ人であった。

 

ロスはシカゴ大学で英文学の修士課程を修め、短編小説を書き始める。

 

初めての本は1959年に出版された。『さようならコロンバス』は同じタイトルの中編小説とその他5つの短編をまとめた書籍である。中産階級ユダヤ人少年がアメリカ社会の中心に溶け込もうともがく様子を描いた作品だった。

 

この小説は社会の一部からは反発を招く結果となった。しかしこうした反発は、その後のロスのキャリアで何度も繰り返されることになる。

 

『さようならコロンバス』ではユダヤ人たちについて悪い印象を与える描き方をしているとみなされ、「自らを嫌悪するユダヤ人だ」と批判された。

 

その一方で、彼のウィットと実生活の経験からもたらされた活気ある描写を高く評価する人たちも多く、この作品は「ユダヤ人書籍協議会」による賞を受賞する。

 

しかし1969年に『ポートノイの不満』が出版されたときの騒動と比べれば、『さようならコロンバス』の騒ぎなど何でもなかった。

 

『ポートノイの不満』は「欲望に支配された、マザコンの若き独身ユダヤ人」が精神分析医に対して語る独白の形で描かれた小説で、ロスの出世作でもある。 面白おかしく描かれている一方で露骨な表現も用いられており、当時としては率直すぎる書き方であった。

 

オーストラリアやアメリカのいくつかの州ではこの本を禁止する動きもあったが、結局『ポートノイの不満』はベストセラーになった。

 

ロスは自分がユダヤ人作家と言われることに反発を覚えており、「もし私が何者かと聞かれたら、アメリカ人作家と答える」と言っていた。 その一方で、ユダヤ人としての経験は彼ののちの作品でも中心的な主題となっていくのである。

 

「ネイサン・ザッカーマン」が登場する作品群のうちで最初のものは1979年の『ゴースト・ライター』であった。 ホロコーストを生き延び今はアメリカに暮らしているアンネ・フランクを見つけ出した、と信じ込む若者としてザッカーマンが登場する。

 

その後の作品にもザッカーマンは登場し続けた。

 

その中のひとつ『American Pastoral』(1997年)では、ザッカーマンは高校時代の同級生Swede Levovについて語っている。 Swedeの娘は自分が育った中産階級の社会に反発して、1960年代のアメリカでテロリストになってしまう。

 

また『ヒューマン・ステイン』(2000年)でザッカーマンは大学教授コールマン・シルクについて語る。 シルク教授は人種差別的と捉えられてしまう発言をて追い込まれてしまい、その結果実際とは別の人種に成りすましてのちの人生を送ることになる。

 

また別のキャラクターである「デイヴィッド・ケペシュ」は 朝起きると大きな乳房に変身していた、という1972年の小説『乳房になった男』に初めて登場した。

 

またロス本人と同じ「フィリップ・ロス」という名前のキャラクターが登場する小説もある。 2004年の小説『プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが…』はその一つで、歴史上の事実とはまったく異なるストーリーが展開されている。 飛行機のパイロットでナチのシンパであるチャールズ・リンドバーグという人物がアメリカ大統領になり、ナチス・ドイツにならってアメリカでユダヤ人排斥運動を始める、というものだ。

 

こうして数多くの作品を残した小説家ロスであったが、教師としての顔も持っていた。アイオワ大学やプリンストン大学で創作ライティングの講義や、ペンシルヴァニア大学で比較文学の講義を受け持っていた。

 

2009年には小説を書くことをやめ、2014年には今後公の場には姿を現さないと宣言した。

 

その後コネティカット州の田舎で引退生活を送り、『ポートノイの不満』以降の小説を読みかえして、大体満足だと語っていたという。

 

50年間ほぼ毎日書き続けるということは「極端に負担の大きい仕事だし、最高に愉快な活動であることはほとんどなかった」という言葉も残している。

 

 

 

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