『星の王子さま』の背景を読み解いて作者サン=テグジュペリについて知ろう
1. 砂漠「君は空から落ちてきたのかい?」
これは星の王子さまがパイロットに向かって投げかける質問のひとつ。じつはこの「空から落ちる」というのは、サン=テグジュペリ本人が経験していたことだった。
23歳の時、彼は初めて墜落事故を起こし、頭蓋骨を骨折している。
1935年には、15万フランの賞金獲得を目指してパリからサイゴンまでの航空レーススピード記録更新に挑んだが、サハラ砂漠に墜落した。 サン=テグジュペリとその飛行機に同乗していた技師の二人は4日間にわたって砂漠をさまよいつづけた。 持っていたのは「魔法瓶に入った甘いコーヒー、チョコレート、わずかなクラッカー」だけ。 ようやくラクダに乗ったベドウィン(砂漠の遊牧民)に発見されたときには脱水症状に陥り、幻覚症状が出始めていた。
2. バラ「バラをよく見てよ。それが世界中で君だけのものだとわかるだろう」
健気に咲く一輪のバラの花について、王子さまはこう話す。
このバラの花はサン=テグジュペリの妻で、エルサルバドル出身の作家であるコンスエロのことを指していると言われている。 星の王子さまに出てくる花のように、彼女は小柄で、優雅で、また慢性の喘息を抱えていた。 一方サン=テグジュペリは190㎝近くの高身長だった。
コンスエロはサン=テグジュペリと結婚する前にすでに2度の離婚をしていた。 かつての愛人によると彼女は「毒舌家」であり、またサン=テグジュペリの姉妹は彼女のことを「辛辣な女性」と呼んでいた。
コンスエロが不倫をしていたことは知られていたが、実はサン=テグジュペリ本人にも不倫相手がいた。 最も悪名高い不倫相手はエレーヌ・ド・ヴォーゲという人で、絵描きであったが、現在のCIAの前身である諜報局「OSS」からはナチのスパイだと目されていた女性である。
こんな二人であったが、コンスエロは夫の死後『バラの思い出』と題する本を記し、夫に対する愛情を書き残している。
3. キツネ「言葉は誤解の原因だからね」
言葉などなくても人になつける、とキツネは星の王子さまに言う。
この賢いキツネのキャラクターは、シルヴィア・ラインハルトという女性がそのもとになっていると考えられている。
サン=テグジュペリは第二次世界大戦中の一時期、アメリカに亡命しニューヨークに滞在していた。 シルヴィアはニューヨークのジャーナリストで、フランス語がほとんど話せなかった。 その一方でサン=テグジュペリは英語の習得を拒否したといわれている。
しかしこの二人はニューヨーク5番街のアパートで、シルヴィアの作るスクランブルエッグとジンコーラを口にしながらお互いの心を通わせていた。 そのときサン=テグジュペリは著作に打ち込んでいた。
フランス空軍に再度入隊するためにニューヨークを離れるとき、彼はシルヴィアにしわくちゃの紙袋を手渡す。 中には『星の王子さま』の原稿が入っていた。 シルヴィアはこの本の原稿を託された女性だったのである。
別の説では、このキツネはシルヴィアがモデルではなく、フェネックと呼ばれる小型のキツネだったという話もある。サン=テグジュペリが1匹のフェネックを砂漠で発見しペットとして世話をしていた、という逸話が残っている。
4. 小さな王子さま「ぼくは死んでいるように見えるだろう。でもそれは本当じゃないんだよ」
「小さな王子さま」は、サン=テグジュペリの弟がモデルである、と言われてきた。 彼は15歳の時リュウマチで亡くなっており、サン=テグジュペリはその最期を看取った。
また、ある電車の中でたまたま目にしたポーランド人の少年が王子さまのモデルだともいわれてきた。 その少年についてサン=テグジュペリは「なんてかわいい顔をしているんだ!伝説上の小さな王子さまはこんな感じだろう」と書き残している。
サン=テグジュペリ本人が王子さまのモデルである可能性もある。彼自身が少年時代はブロンドの髪の毛をしていて、「太陽王」とあだ名されていたからである。
しかし、小さな王子さまがサン=テグジュペリと似ていると思わざるを得ない最大の場面は『星の王子さま』の最後に訪れると言えるだろう。
ヘビに噛まれた王子さまは砂漠の上に倒れてしまう。 そして消えてしまう・・・死んでしまったのか、それとも王子さまの家に帰ったのか、それは分からない。
同様に、サン=テグジュペリの乗った飛行機は1944年、南フランスに向かって飛んでいたところ消息を絶ち、やはり彼も行方不明となってしまった。
1988年、マルセイユ沖の地中海で漁業網に銀のブレスレットが引っかかっているのが発見された。 そこにはサン=テグジュペリの名前が彫られてあった。
その6年後、ついにダイバーがサン=テグジュペリの飛行機の一部を発見した。 しかし彼の遺体の痕跡はどうしても見つからなかった。 果たして戦闘に巻き込まれたのか、それとも操縦のミスで墜落したのか、なぞは残ったままである。
5. 王子さまの約束「空に浮かぶ星のひとつにぼくは暮らしているだろう。その星でぼくは笑っているだろう」
フランスのリヨンには「リヨン・サン=テグジュペリ国際空港」がある。
ヨーロッパやカナダ、南アメリカなどには彼の名を冠したフランス語学校が数多く存在する。
ユーロが導入される前のフランスでは、50フラン紙幣に彼の顔が載っていた。
珍種のバラがサン=テグジュペリを祝して名付けられている。
ハリウッドではオーソン・ウェルズやジェームズ・ディーンが『星の王子さま』の映画化を希望していたと言われている。
そして1993年、小惑星「46610」が『星の王子さま』にちなんで「B-612」と命名された。この本の舞台となった架空の惑星が、宇宙に実在することになったのだ。
王子さまの約束は果たされたのである。