T.S.エリオット ミュージカル『キャッツ』の原作は友人の息子向けに書かれた詩集

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『キャッツ - ポッサムおじさんの猫とつき合う法』は詩人T.S.エリオットによる詩集。

 

シリアスな詩集ではなく、子供向けに面白おかしく書かれた作品だった。

 

シリアスな詩人による、ユーモラスな作品

19世紀のイギリスで活躍した画家のエドワード・リアはユーモラスでナンセンスな詩を書くことでもよく知られていたが、エリオットの『キャッツ』はその伝統をくんだものだと言われている。

 

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(リアの作品のひとつ)

 

エリオットの作品は『荒地』に代表されるようにシリアスなものばかりだが、そんな中この『キャッツ』はきわめて珍しい例外的なアプローチの作品だと言える。

 

子供向けという特徴以外に、『キャッツ』はエリオットが韻律と押韻を駆使した実験を試みた作品であるという特徴もある。

 

同時に、ぜいたくな「言葉遊び」もこの詩集で試みられていることのひとつだった。

 

シリアスなテーマを意識的な言葉遊びによってふつうよりも軽めに表現しようとしている。

 

たとえば登場人物の一人である魔術師のミスター・ミストフェリーズは、ゲーテの『ファウスト』で知られる「メフィストフェレス」を子供向けにアレンジしたものだと言われている。

 

 

 

出版社社長の子供向けに書かれた

エリオットは『キャッツ』を1934~35年ごろに書き始めた。

 

当時彼は出版社フェイバー&フェイバー(Faber & Faber)で文芸編集を担当しており、この会社の創業者の一人であるゴッドフリー・フェイバーの息子トム・フェイバーは、エリオットの名づけ子(godson)だった。

 

その彼にプレゼントとして贈るためにこの『キャッツ』を書いたのである。

 

『キャッツ』のフルタイトル『キャッツ - ポッサムおじさんの猫とつき合う法』の「ポッサム」というのは、同時代の詩人エズラ・パウンドがエリオットに付けたあだ名だった。

 

パウンドもアメリカ出身でイギリスに渡った詩人であり、二人はロンドンで知り合っている。

 

ポッサム(possum)とは「opossum」のこと、つまりフクロネズミの意味で、この動物は敵に襲われると死んだふりをするという習性があり、そこから何を言われても落ち着き払った様子のエリオットを「ポッサム」と呼ぶようになったという。

 

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文学よりもミュージカルで歴史に残る

『キャッツ』は1939年に出版された。

 

この作品は、それまでのエリオットのシリアスな詩とは趣を異にするため、批評家たちの意見は賛否が分かれた。

 

初版本の表紙はエリオット本人によるイラストが使われている。

 

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翌年には再版され、そのときは作家・イラストレーターであるニコラス・ベントリーによるイラストが施された。

 

1954年、イギリスの作曲家アラン・ロースソーンが、『キャッツ』の中の6編の詩の朗読に合わせてオーケストラ曲を作曲し『Practical Cats』と名付けた。

 

同じころ、同じくイギリスの作曲家であるハンフリー・サールが『キャッツ』の詩の朗読に合わせた楽曲を制作。こちらはフルート、ピッコロ、チェロ、ギターの曲だった。

 

しかし最も知られているアダプテーションは1981年、アンドリュー・ロイド・ウェバーがこの詩集を『キャッツ』と題されたミュージカルに仕上げたものである。

 

ウェバーはこの本を読んで育ったと言っている。

 

またこのミュージカルでは、エリオットによる原作には登場しない新しいキャラクターも付け加えられている。

 

ロンドンのウェストエンドでは1981年、アメリカのブロードウェイでは1982年に初演され、ブロードウェイではロングランを続けた。

 

『キャッツ』はウェバーのもう一つの傑作『オペラ座の怪人』にその記録を破られるまで、ブロードウェイでの最長記録を保持していたのである。

 

これにより、『キャッツ』は文学よりもむしろブロードウェイの歴史に残る傑作となった。

 

1998年には『キャッツ』の映画化が初めて行われ、さらに2019年12月には新しい映画が公開されることになっている。